09 | 2013/10 | 11

今日の自由律俳句 

搾取されてこそ。
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種少なし 




今年の朝顔は、種が採れません。
ほとんどの花が、しおれた後、がくの根本から黄色くなってしまいます。
全く採れないわけではありませんが、かなり少ないです。

「オイコノミア」という易しく経済を説明してくれる番組があります。何週間か前、著作権や特許などについての回がありました。その時出てきた話では、お店で売っている植物は、「F1種」というものが多いそうです。その一代しか咲かない(成らない)のだそうです。

うーん、一代とはいわないが、うちの朝顔も元は買ってきた種だから、種が段々採れなくなる縛りがあるのだろうか。
と、思って、色々検索してみると、そもそも朝顔は代を重ねると種が採れなくなることがある、という話も載っています。
一方で、今年はコガネムシの幼虫対策を万全にしすぎて、かえって生物に悪影響が出て、それで種がとれないのかななどと、自己責任の可能性も頭をかすめます。

理由はともかく、私の身辺に起こったことは、「三代目の朝顔に種がちょっとしかできない。」ということで、もしも来年蒔く種が足りなかったら……去年の余りを多めに蒔けば、発芽するのもあるんじゃないか。という、あまり根本的でない対策を考えております。

10月2日の22時 

遷御の儀の特番を見ていました。
前回の式年遷宮の時には、全く意識していなかったようで、記憶がありません。
ですから、初めて見ました。

社殿に使う木についての解説が始まったので、…もう日本に古い太い木がなくて外国から買ってくると言うのかな…と束の間に予想を立てたら、外れました。近くの山(名前は忘れました)に遷宮のために育てられている木があって、それを使うのだそうです。そして今も200年先を見越して木が植えられているのだそうです。
本当に何か守ろうと思えば、守る方法はあって、本当に守ろうと思っている人達は、その方法を本気で実行するものだな、と思いました。

10月2日の一人連句 

黄金色の産毛が

細やかな声を

聴かせてくれているよ